奄美大島市行政視察

2018-01-25
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 鹿児島県の行政視察三日目は奄美市にて「地域に根ざしたふるさと教育」〜あまみの子どもたちを光に〜です。奄美市には小学校21校、中学校11校が開校されており651名の子どもたちが学んでいます。このふるさと教育の基本方針として、次のように記載されています。本市の恵まれた自然や教育的風土に学び、自分が生まれ育った郷土のよさを実感し、郷土を愛し、郷土の伝統・文化に誇りをもつ子どもを育成ことである。さらに、他者との調和を求めながら、思考し、判断し、行動していく能力、また、生命や人権を尊重する心、他人を思いやる心、郷土を愛する心など時代を超えても変わらない価値ある心情を育むことであ(中略)大いなる可能性をもつ「あまみの子どもたち」一人一人を「光」輝く存在に育成するものである(後略)この方針のもと奄美市学校教育ビジョンが作成して事業を展開しています。その事業の中のテーマの一つである島を愛する「あまみっ子」(郷土を愛する心、異なる文化を尊重する心)の「子どもたちの情操育成事業」(伝統文化の継承)についてでは、⑴歌声の響く学校づくり・地域づくり」⑵花づくり・花いっぱい運動⑶伝統文化の継承の三つの柱を掲げて取組んでいる実績をお伺いしました。伝統文化の継承については、その根幹をなす「シマグチ(シマユムイタ)」の伝承活動を重点に、幼稚園、小学校、中学校において積極的に取り組んでいるそうです。その理由としては、ユネスコの調査によると消滅の危機にある言語・方言の中に奄美語(奄美方言)があがっています。危機というレベルは「家庭において当該言語を母国語として学ばないこと」です。危機レベルの要因の一つには、第2次世界大戦の終戦後アメリカ軍の統治下に置かれ、日本国への復帰が遅れた奄美大島では、方言を使わずに日本語の標準語を話すような教育が進められました、そのため、当時の教育を受けた60代〜70代の世代では奄美言葉を理解できない世帯が増えたそうです。しかし、方言はその地域や他方の人々の生活と深く結びついており、そこで生活する人々の気持ちや感覚をぴったり表現することができるので、地域に残る大切な文化を知ることは地域を知り、地域を育てることにつながると期待を込めて、朝の挨拶の時間などで方言で挨拶を行うことやご年配の方々との交流を図る事業を実施しているそうです。この教育方針の成果として、大学や就職口の少ない奄美大島では高校を卒業すると殆どが島を離れて暮らすことになりますが、この教育を受けた子どもたちは将来必ず島に帰り、島のために貢献をしたい旨の話をするそうです。まちづくりの概念は自分の生まれた地域に誇りと愛着をもち、街の問題点を解決することです。郷土を愛する心の育てる教育方針は素晴らしいと実感しました。余談ですが、奄美大島の空港に着き、目的地まで島内を車で移動する際に、横断歩道を渡った中学生くらいのの子どもたちが渡り終わった後に止まってくれた車に対して全員が車に向かって丁寧に会釈をしました。礼儀正しいなと思ったら次の横断歩道でも同様に「ありがとうございました」と頭をさげる。礼節を重んじる子どもたちの姿勢を目の当たりにしました。奄美市の教育方針を学び、子どもたちの姿勢に納得しました。また、朝に宿泊施設の近くにあった公設市場にふらりと寄ると、競りの状況を遠くからですが見学できたり、ゴミの落ちていないきれいな公園に設置してあった環境美化のための看板などを見ることができ、沢山収穫があった視察でした。
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